2012年4月11日水曜日

ファイア・『リ』スターター 第一話 「彼と彼女はこうして出会う」(GS)


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 横島忠夫は高校生だ。

 きわめて一般的…とは境遇的に言い難くはあるけれど。
 要するに一人暮らしでかつかつの仕送りに頼った生活だ、という理由である。
 どれくらいかつかつかと言うと、家賃や光熱費、学費以外の生活費は最低限の食費のみ、しかも一食の外食も許さぬ節制を強いてようやく三食ありつけるか、という有様。
 もちろん、このままでは他の娯楽に手を出すことなど不可能だ。友人とカラオケに行ったり流行りの洋服を買ったり…更に、彼女なんぞが出来たとしても満足にデートすら楽しめない。

 夢と青春に塗れた高校生活など、遥か彼方の空の向こう。

 自然、横島はアルバイトを探す事となる。

 そこで出会う、一人の女性が自分の人生を変えるとも知らずに。

 運命や人生に正史も外史も無いが、ここで語られる物語はともすれば殺伐な彼の世界において、比較的緩やかに穏やかに流れる日々となるだろう。たぶん。

 ファイア・『リ』スターター

 彼と彼女は、当然のように偶然出会う。

 第一話 「彼と彼女はこうして出会う」

 横島の通う高校はアルバイト禁止である。

 しかし、厳格な校則に縛られている訳ではない。相応の事情や理由があればバイトの許可は下りるし、夏休み等の長期休暇には皆堂々と遊ぶ金目当てのアルバイトに勤しんでいる。
 見て見ぬふりをしている教師陣にしても、別にそこまで管理せんでも、というのが本音だろう。

 「とりあえず求人誌は買ったけどよー…んだこれ、高校生のバイトなんて一握りもねえじゃねーか」

 本屋で買った地域版の求人情報誌をざっと眺めて、横島は腹立たしげにその薄っぺらい本を学生鞄に突っ込んだ。
 コンビニやファミレス、早朝の新聞配達など…ありきたりなものなら高校生の自分でも可能だが、どうにも食指が動かない。

 大型のデパートが聳えるメインストリートから少し外れた、雑居ビルの立ち並ぶ一画を横島は歩いていた。中小企業のオフィスや、勤め人目当ての飲食店が目立つ通りだ。
 夕暮れ時の歩道を行き交う人々の多くはサラリーマンやOL、横島と同じく下校途中の学生達。
 手を繋いだ初々しいカップルの姿に殺意の波動を送り込みながら、そんな中を横島も歩いていく。

 「………どっかに楽で稼げて美人のねーちゃんがいる職場ねえかな」

 ナメた内容の呟きに、偶々すれ違った中年サラリーマンが盛大に舌打ちした。それに気付かず尚も美人美人…と呟きながら横島は歩を進める。
サラリーマンは彼の通った後ろに唾を吐き捨てた。営業頑張れと言わざるを得ない。

 と。

 前方の雑居ビルの前で、なにやらもそもそと作業している女性の姿が見えた。

 「………む………!?」

 瞬時に。

 横島の目が輝いた。ぎらーん、と。

 彼我の距離は50メートルほど。しかし、彼女が着ているラフなシャツとジーンズが訴える良プロポーションは、距離を容易く越えて横島の脳髄にぶち込まれる。

 「これ……はっ!? 特A…否S…否…SSクラス!? 馬鹿な!?」

 あー、晩春も春っちゃ春だよねえと、悶える横島を見た通行人は思う。うねんうねんと蠢く高校生は、生温かく見守るのがルールである。

 「く…鎮まれ…俺の右腕…!! わきわきするな…!!」

 どうやら張り紙をしたいらしいポニーテールの彼女は、ポスターサイズの紙を持ったまま思案にくれている様子だ。
 横島は彼女の持つ張り紙の内容を瞬時に見取ると、ダッシュでうねんと駆けだした。まだ横顔しか見えないが、既に戦闘力53万を超えているのは確定的である。

 「一生ついていきますおねーさまあああああっ!!!!」

 「……?」

 横島の遠吠えと接近する靴音に気付いたのか、件の彼女が振りかえって横島を見た。
 茶色よりも明るい亜麻色の髪が踊り、ぱちぱちと瞬きをしてこちらを見やる女性の姿に青少年横島忠夫は………

 「――――――――――――っ!? な、んだ!?」

 びっくううーーんっ、と全身に突如迸った警戒信号に、その身を竦ませた。

 これまでも女性に飛び掛かった経験はある。それはそれで問題だが、その度に横島はビンタなりネリチャギなり一本背負いなりで撃墜され、本懐を果たした経験なんぞ無かった。
 まあ、ナンパに対する女性の対処としてはごく一般的だろう。…と、横島は信じている。思い込んで涙を堪えている。断じて横島忠夫限定のガチ処理法ではないと自分に嘘をついて。

 そんな迎撃の直前に、今回と同じような警告はある。

 パターン化というかマンネリ化してしまったため、横島自身無視しているが。どこか達観し、甘んじて制裁を受け入れる瞬間の横島は、さながら殉教者のようであった。

なら飛ぶなと言いたい。

 「だが、これは違う…!! もっと根こそぎ俺という存在が失われるよーな、一生後悔する羽目に陥るよーな…!!」

 肉体的なダメージなど、どうでもいい。フラれるたびに襲いくる心へのダメージも、まあ慣れた。泣くけど。めっさ泣くけど。


sucessfully方法浮気する

 ダメージどころか一撃で致命傷クラスの警告に、横島の足が方向を変えた。既に数メートルの至近距離にまで迫っていた二人の間に、障害物は無い。

 「…お、おー?」

 戸惑ったように呟かれた声は小さいが、澄んだ綺麗な声だ。
正面から見据えた彼女の顔に、横島は自分の評価が正しかった事を知る。間違いなくSSクラスの美人オブ美人だ。

 (だか何故ここで躊躇う!? 美人過ぎるからか!?)

 どうしたことか、横島の魂が彼女へのセクハラを拒む。イっちゃいけないと全身全霊でもって抑えてくる。
 しかし無情にも彼女は迫ってくる…というか横島が迫っている。

 「あ。危ない」

 普通、鼻の下を伸ばした(決して容姿端麗とは言い難い)男子高校生が猛スピードで突撃してきたら、悲鳴を上げるなり迎撃なりするのが一般的な女性の姿だろう。
 しかしあろうことか、彼女は両腕を広げて彼を受け止める態勢に入った。

 (なん…だと………? これは、マジで、駄目だ…!?)

 「…あ。足元もっと危ない。ごめんね」

 「へ?」

 今までにない女性の反応に、理性がフルブレーキをかけた瞬間、彼女の視線につられて横島は下を見た。

 そこにはひらひらと舞う『とても滑りやすそうな』1枚のポスターがあり。

 さっき無理矢理ベクトルを変えた横島の足先は見事にソレを踏み。

 合気の達人の投げを受けたかのような姿勢で彼は宙に舞い……

 回転する視界の中、こちらに手を差し出した姿勢で固まっている彼女を見たのを最後に。

 「ごべす!!」

 後頭部をコンクリに打ち付けたような具体的な衝撃と共に、彼の意識は暗転した。

 『GS助手募集のお知らせ』

 足形を付けて空に舞うポスターには、そんな文面が踊っていた。

 ほわほわとした何かに全身が浸かっている。

 それは頭部を中心にじんわりとした熱を放って横島の体中に染み渡り、彼を物理的にも精神的にも癒してくれる。

 「………お、あ……あー…」

 その気持ちよさに、横島はうめき声を上げながら目を開けた。

 「お。気がついたー?」

 「!!???」

 ほんの少し聞いただけの、彼女の声。けれど横島の耳には強く残っていた。
 その声と共にSSランクと判定した彼女の顔が、目を開いたド真正面にいたものだから横島は一瞬で錯乱した。声を失うほどに。

 「おわ、え、はい!?」

 「うん。もう大丈夫そう。若い若い」

 パニクりながらも、横島は自分がいわゆる『膝枕』状態で彼女の至近距離にいるのを理解した。本能が後頭部の柔っこさと温かさにFU☆TO☆MO☆MO☆YAHAAAAARRRRRR!!!! と歓喜の雄たけびを上げる。

 にっこりと微笑む彼女の顔の後ろは、見知らぬ天井だ。ソファに寝かされているようで、窓からの西日が彼女の亜麻色の髪を淡く照らしているのがいい角度で拝めた。

 「…………えっと…あれ? 俺………」

 「覚えてない? 君、ばしゅーんって飛んできて、私のポスター踏んで豪快に転んだの。スイカ割れたみたいな音がしたから、びっくりした」

 「それ普通死んでませんか…」

 「割れたのはタイルだったなー、入り口の。コンクリートって意外と脆いんだね」

 相変わらずの至近距離でコロコロと笑う姿に、横島の顔が熱くなった。
 額に置かれた彼女の手から伝わる温もりが、さっきから感じる熱の正体だとやっと判明して、更に狼狽が進む。

 「でも良かったー。君、ヒーリングの効きが異常に良くて。回復、早かったよ」

 「あー、俺、昔から頑丈でしたから! ぬはは!」

 照れ隠しにおどけて答えた横島だったが、その返事に彼女は笑顔を引いてみせた。
 打って変わって真剣な顔の彼女は、戸惑う横島に静かに告げる。

 「…違うよ? 君は確かに、少しだけ強い子。でも、それだけ。普通の人が死ぬ怪我をしたら…君も―――――――死ぬ」

 「っ!?」

 「君が凄いのは回復力だね。さっき言ったように、ヒーリングの効果が覿面なのはきっと、自己回復能力がずば抜けているから」

 「…あの、ひーりんぐってのは…これ?」

 横島が額に置かれたままの手を指差すと、彼女は再び微笑んで頷いた。ついでにその手が横島の前髪を撫でる。

 「あんまり得意じゃないんだ。ごめんね」

 「っつーか、これって超能力…?」

 「ううん。私…あ、そういえばまだ名乗ってなかったね」

 ぽんと柏手を打つと、彼女は立ち上がろうとして。

 「…ごめん、起き上がれる?」

 「え、あ、勿体な…や、何でもないです起きますです!!」

 膝枕状態の横島が腹筋のみでがばちょと起き上がるのを見届けると、改めて立ち上がり窓際のスチールデスクへと歩み寄っていった。

 (…何だか色っぽさの欠片もねー部屋だなー……)


どのように私は結婚cermonyを実行することができます

 起き上がって部屋の様子を見てみれば、女性の部屋とは思えないほどに淡白な内装の一室だ。
 自分が寝かされていたソファの他に、デスクとロッカーが一つずつ、ソファ前のガラステーブル。何やら予定が適度に書き込まれたホワイトボードや、そこだけ妙に浮いた感じのある木製の本棚。

 ああ、と横島は思う。

 (事務所って奴かよ…てっきりあの美人の部屋でちょっと見回したらひみつ布類が干してあったりするんかと思ったり…いや、何だろう凄い罪悪感!?)

 又か! と横島は彼女に飛び掛かった時と同じ感覚に脂汗をかく。どうにも慣れない居住まいの悪さに、身悶えるしかない。

 「あったあった。はいこれ私の名刺…ってどうしたの?」

 「いえ全く何でもないッス。本当に。マジで」

 「ふーん?」

 うねん病が再発した男子高校生を見ても、彼女の様子は変わらない。うろんな目で見下すことも、痛い子を見るでもなく。横島は背筋を正すとその神対応に咽び泣きたい気分になった。我慢したが。

 「うわ、名刺なんて初めてもらった……ごーすと…すいーぱー?」

 「うん。人や建物、土地なんかに悪さをする悪霊、妖怪を退治する業者かな? 分かりやすく言うと」

 横島はポスターの文面を思い出す。

 「…GSって、ガソリンスタンドじゃなくて?」

 「ゴーストスイーパーの略だね。あ、君もしかしてアルバイト希望だった?」

 そう。

 横島は、ポスターの細部までは見ていない。だが高校生がバイト探しててGSなんて文字を見たら、そりゃあガソリンスタンドしか思いつかなくてもしょうがない。
 ゴーストスイーパーなんて職業、一介の高校生に馴染みも縁もあろう筈がないのだから。

 「これ、戦う…んすか」

 「うーんと……お互い攻撃し合ったりは、あんまりしない。害獣の駆除とかと一緒で、事前に情報を集めて確実に祓うの。戦闘というより、作業かな」

 「はー…でも、危ないでしょ。悪霊ってくらいだから、なんか悪さするんじゃないんすか?」

 「まあねー…。普通の幽霊なら、そもそも除霊対象にはならないしね。何かしらやっちゃった子じゃないと」

 「何かしらってのが怖えー…」

 幽霊。悪霊。妖怪。悪魔………

 知識として、この世界に同居している存在だと分かってはいる。GSという職業が成り立つだけの需要があるのだから、潤すための供給が必要だ。
 横島の知る霊能力者とはしかし、TVの中で胡散臭い予言を行ったり占いをしたり…頭のまわるパフォーマーの印象しかない。

 …ぶっちゃけ、胡散臭い。

 「幽霊、怖い?」

 「や、会ったことないんで何とも」

 「おおー。そう言えるなら、見込みあるかもね」

 「は?」

 「噂や伝聞だけで判断しないのは偉い。頭を撫でてあげよう」

 「い、いや! いいですから!!」

 ソファから飛び退いて彼女から離れる。
 残念そうに手をひらひらさせてから、彼女はまたデスクへ向かうと椅子に腰かけ、こほんと一つ咳払いをした。

 「えーと。あ、ごめん。君の名前、まだ聞いてなかったね」

 「あ、自分横島っす。横島忠夫」

 「よこしま、ただお君………と。ふむふむ。見たところ、学生さん?」

 「高校1年っすね」

 「ほー、将来はやっぱり大学生?」

 「うはは…進路なんてまだなんも考えてないっすね。さっさと手に職付けて、自立したいかなあ」

 「ほうほう。じゃあ今時期はアルバイトで勉強時間取られても平気?」

 「最初から家で勉強なんてする気無い…って、あの…?」

 「はい?」

 と、和やかに進む雑談の中に不思議な違和感を感じた横島は、カリカリと机上でペンを走らせる彼女に質問を投げかける。

 「………これ、面接始まってません?」

 「………………………………………………気づいたか横島君」

 「ちょおおおおおおおおおおお!? 何か外堀埋める質問してくると思ったら!?」

 自然に始まっていたバイト面接に、横島は思わず突っ込んだ。
 いくらなんでも、悪霊と戦うバイトとかガチ過ぎる。
 横島の理想たる楽で稼げて美人がいて…の三原則に引っかかるではないか。楽以外はクリアしている気もするが、そこはそれ。

 「だって、私も面接するの初めてだし。こうやって自然に進めて、最後にハンコもらえばいいのかなって」

 「いいわけないでしょ!? どこの悪徳商法ですか!?」

 「それに、横島君良物件っぽいしー………私の事、きらい?」

 「き、きら…っ!?」

 つ、と見上げるように見つめてくる彼女に、横島は顔が真っ赤になった。
 こんな美人にこんな質問をされることなど、今までの人生…否、これからの人生にもあるかどうか。

 (急に何だこのフラグ!? 俺死ぬ!? 死ぬの!?)

 絶句し、あがあがと震える横島を見て彼女は言葉を続けた。目元を柔らかく緩め、ペンを置いて。

 「…霊能者って、霊感を大事にするの。フィーリングって言うのかな。私はそんなに強い能力はないし、ただの勘違いかも知れないんだけど…」

 「はあ……」


ヒンドゥー教の結婚式/は何ですか

 「横島君が飛来してきたとき、とくん、って来たの」

 「飛来て……」

 半笑いになって出会いの瞬間を思い出す横島である。

 「ああ、この子は長い付き合いになりそう、って」

 「長い…付き合い……ですか…」

 「うん。きっと、素敵な毎日になるよ」

 ………何だろう。

 横島は思う。

 このセリフ、いつもの横島なら血涙を流しながら夢かどうかペンチで頬を抓り倒すか、告白=恋人=いつでもOK=吶喊、の短絡思考でダイブするか、とにかく派手なリアクションを起こすのが通例だ。

 けれど。

 彼女の言葉を受けて、横島はただぼんやりと。

 (何だろうなー………すげえ嬉しいや)

 ただただ。それだけを思った。

 一方的にSSランクと評価して、飛び掛かって。

 勝手に怪我をして、助けられて。

 GSの何たるかも知らず。

 霊感のれの字も無いのに。

 (俺を………信用してくれてるんか…会ったばかりで、名前も知らんかったのに。この人は……)

 何も言わない横島に対し、彼女は苦笑を浮かべると立ち上がった。

 「ごめんね。何か気持ち悪いよね。初めて会った人にこんな事言われたら」

 「え? い、いいえ!? んな事ないッスよ!! 凄え……」

 「すげえ?」

 「………………………………………嬉しい、です。はい」

 もうこの時、横島は決めていたのかも知れない。

 「ありがとー。うん、私も嬉しい。じゃあ、きちんとお話しようか」

 「あ、あの」

 「ん?」

 「……俺、マジでいまバイト探してる途中で…! あー、その、そこにこんな美人が募集かけてるんでコーフンして…」

 「ほうほう」

 「えー、お、お願いします! 今まで、おねーさんみたいな美人見たことなくて! どーしていーか分からんくらいきれいですっ!」

 「あらあら」

 「バ、バイトしてみたいっ! 二度とこんなチャンスないかも!!」

 改めて、横島が脳内から掻き集めて吐き出した言葉の数々は、いつもの彼らしい…ド真ん中馬鹿正直なものだ。

 それくらいしか、横島からアプローチ出来るものが見つからなかった。

 本当は、もっと…ちゃんと伝えたかった。

 「……ゴーストスイーパー助手、結構危ないよ?」

 「平気ッス!!」

 「お給料もあんまり出せないし…」

 「時給250円でもOKッス!!」

 「そんなことしたら私が色んなところから怒られるよう…」

 困ったように、けれど彼女は心底から嬉しそうに笑った。

 「じゃあ、えーと…あれ、いいのかなこれで。面接ってこんな感じでいいんだと思う?」

 「俺も受けた事ないんで何とも…」

 「いいか。我流面接。私は私の霊感に従う…って事で?」

 「かっこいいッス! あ、と……」

 やんやと囃したてようとして、横島はハタと気付いた。
 凄まじく重要な事を聞いていない。いや、名刺に書いてあったのだが…肩書に目を奪われて見ていなかった。
 なんとも済まなそうに、横島は聞く。

 「あのー、すんません。まだおねーさんのお名前を聞いてませんでした。マジすんません!」

 「………うわー、テンション下がった。名刺に書いてあるのに…」

 「すんませんすんませんすんません!!」

 実際に指摘もされて、ぷー、と頬を膨らませる彼女に対し、平謝りするしかない横島である。
 とはいえ、本気で怒っていないのも雰囲気で分かる。出会ってからの時間を考えれば、この打ち解け方は些かスムーズ過ぎる気もするが。

 彼女は今日何度目かの咳払いをすると、横島の前に歩み寄り右手を差し出して、言った。

 「こほん。………どうも初めまして新人君。私が当事務所のオーナー………」

 ―――――――――――こうして、横島忠夫は、出会う。

 「美神ひのめです」

 ――――――――――――そして、美神ひのめも、出会う。

 「……改めまして、横島忠夫ッス」

 お互い名乗り合い、笑い合って握手を交わす。

 「不束者ですが」

 「うえぃ!? いやいやいやその挨拶ちょっとおかしいです!?」

 「そう? でもプロになってまだ2年だし。まだまだだよ?」

 「そーいうときは未熟者でいいんです。結婚するんじゃないんですから」

 「結婚? …急に恥ずかしくなってきた」

 「うわ少女だこの人」

 ひのめが頬を薄く赤色に染めてはにかむのを、横島は苦笑して見やる。

 (あ、そうか…どうしてこの人に迫れんのか分かった)

 セクハラに心的ブレーキが掛かる理由。横島の性格の大部分を形作ると言っても過言ではない、思春期を越えた妄春期クラスの劣情がひのめをタブー視する、本当のワケ。

 (子供なんだ、この人…良い意味で。純粋で真っ白だから…汚しちゃあかんと思っちまうんだ…)

 別に自分が穢れ果てた崇り神寸前の性春高校生だからとか、そんな理由ではない。
 言うなれば、小っさい子供に欲情するようなものだから。生憎横島忠夫の辞書にロリの文字は…無い。はっきりとした境界線がある訳じゃないが。


 「正式な手続きは、後日改めて。横島君は取り敢えず学校と親御さんの許可をもらうのが先決かな」

 「あ、俺親いないんで」

 「え?」

 「海外…しかもド田舎の最果てに出張してます。連絡もこっちからじゃ着けれないんすよ」

 「うわびっくりした。彼岸の人かと思ったぁ」

 「殺したって死なねーと思います。三途の川なんざバタフライで戻ってきそう」

 「ふーん。私のお母さんもそんな感じするよ」

 「あと、学校も基本許可はいらないっすね。あからさまに勉強に支障が出るようならアレですけど」

 「へー…最近の高校ってリベラルなんだねー。でも一応、最初は試用期間を作って、本当に続けられるか見るね。その間は時給…えーっと…」

 学校側もどんなバイトでもいいって事はないだろう。GSのように命の危険性が伴うのなら尚更に。横島は敢えてその辺には触れずに話をした。
 特殊な例なのは間違いないだろう。

 「時給…1500円ね」

 「了解しまっ……へ?」

 「う…ごめんね。うちの事務所もあんまりお金無いんだ。試用期間が終わったら倍額になるから許してくれる?」

 「………………………………………何このバブリーな業界」

 予想相場の倍以上の数字に、横島は茫然と呟く。同時に、それだけの責任や危険が伴う事にも気付き若干後悔するのだが。
 営業増やさなきゃなー、と眉を寄せていじいじと唇を尖らせるひのめを見て、ンな後悔はドブに叩き捨てた。
 これはもう、近くにいてやらんと駄目な気がする。

 「全然OKッス!! っつか儲かるんすね、GSって」

 「お仕事の単価は、多分どんな業界よりも高いと思う。でも、それだけリスクも大きいし。私のお友達にもね…」

 彼と彼女はこうして出会い。

 彼と彼女はここから始まる。

 彼と彼女だけではなくて。

 彼と彼女の他にも出会い。

 そしてまた始まるのだろう。

 「じゃあ今日はこれから、お近づきの印にご飯食べに行こうか」

 「おお!? マジで!?」

 「うん。うーん…お肉とお魚どっちがいい?」

 「おお。飛行機の機内食みたいな…。や、育ち盛りなんで肉がうれしいよーな」 

 「じゃあ焼き肉バイキングのお店行こう。二人ともお酒飲まないから食べ物とソフトドリンクの食べ飲み放題だけでいいし。お値打ち」

 「……GSって儲かる、んですよね?」

 「? え、やっぱりお魚がいい? それだと何とお寿司だよ?」

 「おお!? そう聞くとそっちも捨て難い!」

 「私も久々回転寿司〜」

 「分かってた! 分かってたけどなんか寂しい!」

 「105円皿均一のお店が」

 「いやもう悲しくなってきたんでいいです…」

 柄にもなく受けに精一杯な彼と、どこまでも楽しそうな彼女の二人。

 二人の間に、まだ特別なものは、無い。

 続く

 あとがき

 お久しぶりでございます、竜の庵です。2年半ぶりに投稿させて頂きました。覚えておいでの方がいたら幸いです。マジで。
 リアル諸事情がもうね………ハンパなく襲ってきたのですよ。
 仕事辞めたりPCから火花散ったり新PC導入したり仕事就いたり資格取ったり昼夜逆転したり。
 ともあれ、落ち着いたので投稿再開したいと思い、新たに書き始めた次第です。今後ともよろしくお願いいたします。ちなみに前作品のデータ及び資料は死亡PC内にあり、継続困難な状態です。まあ、2年半も前の続きを今更…なぁ。色々検討中。

 執筆脳が錆びついてまして、リハビリも兼ねてゆるゆるとした作品を心がけようかと。
 作品冒頭でも触れておりますように、緩やかな空気を一番に考えて書いてます。美神ひのめを半オリジナルで仕立てたのも、その空気を維持しやすいキャラクターを出したかったため、です。
 彼女のモデルは各種ほのぼの系お姉さんキャラの切り貼り。漫画アニメ小説、媒体は様々ですが。

 ほのぼののんびり、進めて行きたいと思っております。

 ではまた。

 最後までお読みいただき、本当に有り難うございました!

 おまけ

 ひのめデータその1・犬好き

 「ふっさふさの大きな犬が特に好きです」

 「セントバーナードみたいな?」

 「陸かわいいすりすりしたい」

 「キ○の旅!?」

 おまけ・おわり



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