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横島忠夫は高校生だ。
きわめて一般的…とは境遇的に言い難くはあるけれど。
要するに一人暮らしでかつかつの仕送りに頼った生活だ、という理由である。
どれくらいかつかつかと言うと、家賃や光熱費、学費以外の生活費は最低限の食費のみ、しかも一食の外食も許さぬ節制を強いてようやく三食ありつけるか、という有様。
もちろん、このままでは他の娯楽に手を出すことなど不可能だ。友人とカラオケに行ったり流行りの洋服を買ったり…更に、彼女なんぞが出来たとしても満足にデートすら楽しめない。
夢と青春に塗れた高校生活など、遥か彼方の空の向こう。
自然、横島はアルバイトを探す事となる。
そこで出会う、一人の女性が自分の人生を変えるとも知らずに。
運命や人生に正史も外史も無いが、ここで語られる物語はともすれば殺伐な彼の世界において、比較的緩やかに穏やかに流れる日々となるだろう。たぶん。
ファイア・『リ』スターター
彼と彼女は、当然のように偶然出会う。
第一話 「彼と彼女はこうして出会う」
横島の通う高校はアルバイト禁止である。
しかし、厳格な校則に縛られている訳ではない。相応の事情や理由があればバイトの許可は下りるし、夏休み等の長期休暇には皆堂々と遊ぶ金目当てのアルバイトに勤しんでいる。
見て見ぬふりをしている教師陣にしても、別にそこまで管理せんでも、というのが本音だろう。
「とりあえず求人誌は買ったけどよー…んだこれ、高校生のバイトなんて一握りもねえじゃねーか」
本屋で買った地域版の求人情報誌をざっと眺めて、横島は腹立たしげにその薄っぺらい本を学生鞄に突っ込んだ。
コンビニやファミレス、早朝の新聞配達など…ありきたりなものなら高校生の自分でも可能だが、どうにも食指が動かない。
大型のデパートが聳えるメインストリートから少し外れた、雑居ビルの立ち並ぶ一画を横島は歩いていた。中小企業のオフィスや、勤め人目当ての飲食店が目立つ通りだ。
夕暮れ時の歩道を行き交う人々の多くはサラリーマンやOL、横島と同じく下校途中の学生達。
手を繋いだ初々しいカップルの姿に殺意の波動を送り込みながら、そんな中を横島も歩いていく。
「………どっかに楽で稼げて美人のねーちゃんがいる職場ねえかな」
ナメた内容の呟きに、偶々すれ違った中年サラリーマンが盛大に舌打ちした。それに気付かず尚も美人美人…と呟きながら横島は歩を進める。
サラリーマンは彼の通った後ろに唾を吐き捨てた。営業頑張れと言わざるを得ない。
と。
前方の雑居ビルの前で、なにやらもそもそと作業している女性の姿が見えた。
「………む………!?」
瞬時に。
横島の目が輝いた。ぎらーん、と。
彼我の距離は50メートルほど。しかし、彼女が着ているラフなシャツとジーンズが訴える良プロポーションは、距離を容易く越えて横島の脳髄にぶち込まれる。
「これ……はっ!? 特A…否S…否…SSクラス!? 馬鹿な!?」
あー、晩春も春っちゃ春だよねえと、悶える横島を見た通行人は思う。うねんうねんと蠢く高校生は、生温かく見守るのがルールである。
「く…鎮まれ…俺の右腕…!! わきわきするな…!!」
どうやら張り紙をしたいらしいポニーテールの彼女は、ポスターサイズの紙を持ったまま思案にくれている様子だ。
横島は彼女の持つ張り紙の内容を瞬時に見取ると、ダッシュでうねんと駆けだした。まだ横顔しか見えないが、既に戦闘力53万を超えているのは確定的である。
「一生ついていきますおねーさまあああああっ!!!!」
「……?」
横島の遠吠えと接近する靴音に気付いたのか、件の彼女が振りかえって横島を見た。
茶色よりも明るい亜麻色の髪が踊り、ぱちぱちと瞬きをしてこちらを見やる女性の姿に青少年横島忠夫は………
「――――――――――――っ!? な、んだ!?」
びっくううーーんっ、と全身に突如迸った警戒信号に、その身を竦ませた。
これまでも女性に飛び掛かった経験はある。それはそれで問題だが、その度に横島はビンタなりネリチャギなり一本背負いなりで撃墜され、本懐を果たした経験なんぞ無かった。
まあ、ナンパに対する女性の対処としてはごく一般的だろう。…と、横島は信じている。思い込んで涙を堪えている。断じて横島忠夫限定のガチ処理法ではないと自分に嘘をついて。
そんな迎撃の直前に、今回と同じような警告はある。
パターン化というかマンネリ化してしまったため、横島自身無視しているが。どこか達観し、甘んじて制裁を受け入れる瞬間の横島は、さながら殉教者のようであった。
なら飛ぶなと言いたい。
「だが、これは違う…!! もっと根こそぎ俺という存在が失われるよーな、一生後悔する羽目に陥るよーな…!!」
肉体的なダメージなど、どうでもいい。フラれるたびに襲いくる心へのダメージも、まあ慣れた。泣くけど。めっさ泣くけど。